カテゴリー「にゃんの話」の記事

2008年8月 1日 (金)

[エラノール] こ・にゃん・たれぶー ものがたり 5

こ・にゃん・たれぶー ものがたり

  1. 時間無制限バイキング方式

 自分のブログを開設してからは他の方のブログを訪問するのが楽しみになりました。特にお気に入りのジャンルは、もちろん猫ブログ。写真を見ているだけで、猫と触れ合っているような幸せを感じます。

そんな中で気付いたことがあります。というか、衝撃の発見をしました。それは、どうも猫に餌を与えるのは一日二回、それもその都度器にカリカリを適量出してやる、というのが世間のスタンダードらしいということです。そうだったんだ~。うちなんか、カリカリをにゃん用皿に入れたまま、ずぅ~っと置きっ放しでした・・・。カリカリが古くなると食べなくなるから、その時は新しいのに取り替える。その横には水も置いてある。所謂、「時間無制限バイキング方式」ですね。バイキングでも其々の料理が少なくなったら追加される。でも、90分とかの制限時間があるのが普通かな。ま、にゃんの場合メニューはカリカリと水だけだったけどね。

この方式、うちでは誰も疑いを持たなかったですけどね・・・。にゃんはちょっと傍を通りかかった時に「カリカリ」、トイレに行ったついで(なんと、餌場の近くにトイレもありました!)に「カリカリ」。自由自在に「カリカリ」していました。道理で太るはずだよ。あの「トド化」の謎が解けました。なるほどね。いつかまた猫を飼うことがあったら、その時はバイキング方式は封印したいと思います。・・・多分。070506_15440001

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 1日 (日)

[エラノール] こ・にゃん・たれぶー ものがたり 4

こ・にゃん・たれぶー ものがたり

 

  1. 飛行機のトラウマ

 にゃんがやって来た当初、両親がドライブに出かける時はいつもにゃんも一緒だったそうです。けれどもにゃんは車が大嫌いで、乗っている間中「わぉ~ん!わぉ~ん!」と鳴き通し。で、両親は仕方なく「にゃんはお留守番」と決めたそうです。飛行機で北海道へ運ばれた時、機中でのペットの処遇がどうだったかは分かりませんが、おそらく快適なものではなかったのでしょう。いえ、むしろ飛行機搭乗がにゃんのトラウマとなったに違いない、と私は思っています。だから、車もダメだったんだろうなぁと。

 ある夏の日、家族で道東へドライブに出かけました。にゃんは当然お留守番です。出かける時はもちろん家中の窓を閉めきって行きます。室温は上昇しますが、北海道の夏ですから暑さも高が知れています。しかし、なんとしたことか、その日はその夏一番の暑さになったのです。涼しい道東でさえ38℃!にもなった所があったほどでした。帰宅すると、にゃんはもわぁ~っとした暑い空気の中、椅子の上でぼーっとしていました。声をかけてもうなだれたまま応答なし。「おいっ、どうしたんだ!?」と揺さぶると、やっと弱々しく「にゃ~」と鳴きました。毛皮族には相当堪える暑さだったようです。

 ある年のお正月は家族で温泉に出かけました。この時も、もちろんにゃんはお留守番です。北海道の冬は寒いとはいえ、ストーブをつけっ放しにして行くわけにはいきません。にゃんのためには毛布を置いて出かけました。3日後、寄り道をした母と私よりも一足先に帰った父によると、なんと、にゃんの飲み水が寒さで凍っていて、にゃんは水を飲めずに過ごしていたらしいのです。家の中でも水が凍る北海道の冬、恐るべし。

 嫌いな乗り物に乗る必要もなく、快適な室内飼いのはずなのに、夏も冬もとんだサバイバル体験をしたにゃんなのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火)

[エラノール] こ・にゃん・たれぶー ものがたり 3

こ・にゃん・たれぶー ものがたり

 

 

3.にゃん誕生

 オシッコまみれのとらと家族との感動の対面も終わり、さぁ寝かせようかということになりました。とにかく今晩はキャリーケースの中にと入れると、とたんに「みゃ~みゃ~」鳴き出すのです。出して誰かが抱っこすると、安心するのか眠ってしまいます。でも再びケースに入れようとすると、また鳴き出します。結局家族がかわるがわる抱っこして、最後は母と一緒に寝たのでした。祖母の家でのきかん坊の面影はありませんでした。すっかり甘えっ子に変身していました。

 そうそう、家に着いた途端、とらは家族から当然のように「にゃん」と呼ばれていました。我家で飼われる猫は皆「にゃん」なのです。ここで遂に「にゃん誕生」となったのでした。とらの方もさすが子猫、すぐに新しい名前に馴染んだようでした。激しい環境の変化に自分の名前どころではなかったのかもしれませんが。

 そして春になり、父の転勤で両親は引っ越すことになりました。私と弟は其々が通う大学のある街へ。にゃんは両親と一緒に山間の町へ。にゃんは引越しの時も変身後の臆病振りを発揮したそうです。新しい家でいくら捜しても見つからず、最後の最後に箪笥の後ろで小さくなっているのを発見されたそうです。

 しかし、両親との三人暮らしが長くなるにつれ、遺憾なく内弁慶振りを発揮するようになり、にゃんは小さな王様として君臨したのでした。そして、以前拙ブログ「エラノールのたんすの向こう側」で紹介したような見事な「トド」へと成長していくことになるのです。

Cajqksgl

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 1日 (土)

[エラノール] こ・にゃん・たれぶー ものがたり 2

こ・にゃん・たれぶー ものがたり

  1. とら海を渡る

 春休み。これから「とら」は飛行機に乗って海を渡ります。その時は子猫を連れ帰ることだけで頭が一杯でしたが、残された母猫とまりはどんな様子だったのか・・・と今になって思います。

 その頃の飛行機のペット料金は数千円。案外高いものですね。荷物と一緒にとらは運ばれて行きました。そして千歳空港(当時)に着陸。とら、北海道上陸です。子猫入りのキャリーケースはさすがに他の荷物のようにベルトコンベアの上を流れてくるのではなく、係員の方が運んで来てくれました。

そのまま千歳空港駅から特急に乗って旭川へと向かいます。所要時間は約2時間。座席の足元にキャリーケースを置きました。ずっとおとなしかったとらがもう少しで着く頃に「みゃ~みゃ~」鳴き出しました。様子を見ようかなとも思いましたが、キャリーケースを開けてとらが逃げてしまったら困ると思ったので、そのままにしてしまいました。今思うと、朝祖父母の家を出て半日以上とらは飲まず食わず、よく頑張ったものです。真冬の北海道の暖房の効いた列車の床はさぞかし暑かっただろうと思います。私はといえば子猫を運ぶことしか頭になく、世話をすることまで思いが及ばなかったのでした。その頃の自分の浅はかさにあきれてしまいます。

やっと家に着きました。とらは家族、特に母には大歓迎を受けました。すでにネコトイレ等も用意されており、母の入れ込みようが分かりました。さぁ、とらをキャリーケースから出して、感動の対面です。「・・・くさいっ!」。なんと、とらはオシッコにまみれていたのです。列車の中で鳴き出したのは、オシッコをしたかったからなのでしょうか。大歓迎は一転。とらは「オシッコくさい猫」という不名誉な印象を家族に植えつけたのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 1日 (火)

[エラノール] こ・にゃん・たれぶー ものがたり 1

こ・にゃん・たれぶー ものがたり

 

「千の星になって」の管理人甲元さんから、にゃんの思い出を書いてみては?というお話をいただきました。せっかくの機会ですので、もう随分前になってしまったにゃん誕生の頃のことから思い起こしてみたいと思います。

 

  1. こねこ誕生

 当時大学3年だった私は祖父母の家に下宿していました。そこに冬も近いある日、一匹の雌のシャムネコが逃げ込んできたのです。おっとりした優しい顔立ちの猫は、結局そのまま飼われることになり、そしてお腹が大きいことが分かりました。「シャムネコが生まれたらちょうだいね」。祖母と母の間で協定が結ばれました。「北海道の家に猫が来る!」。私も楽しみにしていました。先代のトラネコにゃんがいなくなってしまってからも、また猫が飼いたいとずっと思っていました。

 12月。大学から帰ると子猫が生まれていました。高まる期待をよそに、そこにいたのはミケネコの雌と灰色ネコの雄。もう一匹黒ネコもいたのですが、母猫が物置で出産した際に野良猫にさらわれてしまったということでした。「あ~、シャムネコいなかったね~」、がっかりしながら私は程なく始まった冬休みで帰省しました。

お正月明け、祖母の家に戻った私に吃驚仰天の出来事が待っていました。なんと、あの灰色の子猫がシャムネコになっていたのです。まだ色は薄いのですが、ちゃんとシャムネコ特有のポイントがついていました。あの時の信じられないような驚きと嬉しさは今でも覚えています。そして、とうとう北海道の家に猫が来ることになったのです。

その子猫は物凄いやんちゃ坊主でした。そのせいか祖母がつけた名前は「とら」。今時それはないでしょう~!と思いましたが、白目をむいて私の足元から上へ上へと身体をよじ登ってくる姿を見ると、「やっぱり、ぴったりかも」と納得でした。ミケネコの子猫は「まり」と名付けられました。これは祖母の家で飼われたペットに代々受け継がれてきた名前のようです。昔飼っていたウサギも「まり」だったとのこと。きかんぼうの「とら」とちょっぴり臆病な「まり」。いいコンビでした。そしてじゃれ合う二匹を見守る控えめな母猫。でも、親子三匹で過ごせる日は残り少なくなっていました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)